♠ Food×Science
料理と科学のおいしい出会い
♠ 研究関心
分子調理学とは
2014年に『料理と科学のおいしい出会い 分子調理が食の常識を変える』という本を書かせていただき、それが出会いのきっかけとなって、2016年に有志で『分子調理研究会』を立ち上げました。その研究会などを通じて、多くの料理人や食に関わるさまざまなジャンルの方々と交流させていただく機会を得ました。
新しさが求められる料理界において、驚きのある料理の一皿を完成させるのに、厨房では数多くの試行錯誤が行われています。料理人が、調理による食材の科学的変化、添加物の科学的性質など、基本の原理をあらかじめ知っておくことは、より合理的にゴールに向かえるだけでなく、うまくいかない場合の対処、再現性の向上、さらには料理人の発想の後押しとなり新しい料理の開発につながる、などの点でとても重要です。
「料理と科学」の良好な相性は、料理の未来を考える上で不可欠です。「分子調理」という言葉の定義は、その関係性をあらわしています。分子調理は、科学すなわち「分子調理“学”」と、技術すなわち「分子調理“法”」で構成されています。分子調理“学”は、「食材→調理→料理」のプロセスにおいて、食材の性質の解明、調理中に起こる変化の解明、おいしい料理の要因の解明などを分子レベルで行う“科学”です。それに対して、分子調理“法”は、おいしい食材の開発、新たな調理方法の開発、おいしい料理の開発を分子レベルの原理に基づいて行う“技術”です。
分子調理“学”と分子調理“法”は、互いに影響し合い、科学の分子調理“学”で発見した科学的知見が技術の分子調理“法”へと活かされ、また反対に、分子調理“法”によって生まれた新しい技術から分子調理“学”における新たな知見が引き出されるといったように、刺激し合うことでお互いが活性化し、さらに循環します。
『食の科学 美食を求める人類の旅(原題:Cook, Taste, Learn: How the Evolution of Science Transformed the Art of Cooking)』(監修)
「料理の式」を用いた料理構造に関する研究
研究室ではこれまで、料理を物理化学的な記号である「料理の式」で表すことによって、料理の科学的な分類および体系化を目指してきました。フランスの物理化学者エルヴェ・ティスがフランス料理のソースを表すのに使った物理化学的な二種類の記号に、詳細な定義を新たに加えることによって、あらゆる料理をその食材の形態・構造に基づいた料理の式として客観的に表現することを行ってきました。その二種類の記号とは、「食材の状態」(G:気体、W:液体、O:油脂、S:固体)および「分子活動の状態」(/:分散、+:併存、⊃:包合、σ:重層)です。
人が生み出し、長い間伝承してきた叡智であり、私たちに日々幸福感をもたらしている料理を、これまでの固定観念に縛られることなく、料理の形態・構造の特徴に基づいた分類を行うことによって、人間の食べものに対する新しい認識の整理と新しい料理の可能性の追求に大きく役立つのではないかと考えている。
料理の式のレシピへの応用は、よりその料理の最も基本的な“思想”をあぶり出すと考えています。たとえば、私たちが一般的にピザと認識しているものは、小麦粉の生地の上にさまざまな具材が載って(重層)焼かれたものであるが、さまざまなアレンジによって、小麦粉で具材を包んだり(包合)、層状に重ねたり(重層+重層+…)といった変化をつけた場合、「どこまでがピザで、どこからがピザではないのか」という基準が、さまざまなレシピの料理の式による客観的な表現で見えてくるのではないかと考えています。