♥ Food×Art
私たちはなぜおいしい料理に魅了されるのか
♥ 研究関心
ガストロノミー・ミーツ・アーツ
食べることの快楽には、生理的な空腹の解消だけではなく、食べることによって得られる文化的、精神的な欲求が充足されることによる満足もあります。そのため、人間の食の快楽には、文化的、精神的なおいしさへの願望が含まれます。つまり、おいしさへの欲求は、芸術における「美の探求」と同じように、人間の感性に訴えるものだと考えられるようになってきました。
おいしいものを食べたいという欲求が、人間を創造へと向かわせ、食を美や芸術の世界へと広める文化を作り上げてきました。それを支えてきたのが、「美食思想」であり、最初にその思想が一般に広まったのが、19世紀のフランスでした。
フランスを始めとする近代ヨーロッパの美食思想は、現代の美食文化の理論基盤を形成しました。美食思想はまず、おいしさがもつ本能的な意味を踏まえ、食べることの快楽を肯定することでした。その上で、そのおいしさのもつ精神的な意味を理解し、料理技術や芸術によるおいしさの価値や役割を評価し、さらに新たなおいしさを創造していくものでした。それは、食の領域における美の創造として、芸術の世界に「食の美学」を打ち立てるものでもありました。
この思想は、現代の私たちの間でも主流となっている考えです。「美食思想」は、宗教に変わる思想となり、科学・技術、そして文化というレベルになっているといえます。
@GastronomyMeetsArt
『香りで料理を科学する フードペアリング大全 分子レベルで発想する新しい食材の組み合わせ方(原題:The Art and Science of Foodpairing)』(監修)
ガストロノミーの民藝運動
食べものが昔と比べて自由に選べる現代は、誰もが美食家となりえます。ガストロノミーの視点でおいしさを語りたくなる時は、日常の料理よりも、非日常的な料理を食べたい時でしょう。しかし、“日常のごはん”にもガストロノミーの考えは存在するのではないでしょうか。
「日常の美」に関して、1926年、柳宗悦らが、日常的な暮らしの中で使われてきた日用品の中に「用の美」を見出し、活用する運動を起こしました。当時の工芸界は華美な装飾を施した観賞用の作品が主流でした。そんな中、柳たちは、名も無き職人の手から生み出された日常の生活道具を「民藝(民衆的工芸)」と名づけ、それこそに美しさがあると唱えました。「美は生活の中にある」と提唱しました。そして、各地の風土から生まれ、生活に根ざした民藝には、用に則した「健全な美」が宿っていると、新しい「美の見方」や「美の価値観」を世に示しました。
食の世界でも、民藝のように、豪華な料理だけでなく、一般の人の手から生み出された日常の料理に健全なおいしさが宿っているものが数多くあります。ガストロノミーは、裕福な階級から生まれましたが、現代はボトムアップ型のガストロノミーが求められる時代となっているのではないかと思います。